チャリにまつわるエトセトラ。
「若さ」というのは、時に美しく、残酷で、不思議で、儚く、バカなものだ。
そして、経験というモノがオトナと比べて幼く、少ないがゆえに数々の伝説が生まれるコトがある。
そう…バカだからこその思考。そこから生まれるミラクル。
今日は、美しくもバカで無鉄砲で無計画だった、少年時代のお話をしよう。
小学3年生。夏休み。
開放感を全開で感じ、毎日毎日存分に僕は遊びまわっていた。
宿題は全部後回し。「目の前に面白いコトがいっぱいに広がっているのに、毎日コツコツ宿題をやるなんてそれこそバカのすることだろ?」
そういう、子供ならではのスタンス。
そう。僕はいつもの様に自転車にまたがり、友達の家へと向かっていた。
ギアを巧みに操作しながら、夏の強い日差しの中、風をきって走る。
エアコンなんて無くても思いっきりペダルをこげば、十分に涼を取ることができた。
友達と笑いあい、「そーいやぁ宿題やってる?」「オメーつまんないこと言うなよな!」なんて言葉のキャッチボール。
流木を集めていかだを作ったり、海に入ってウニを取り、石で丁寧に殻を割って食べた。
濡れたTシャツに砂がいっぱいついたりしたけど、放っておけばすぐに乾いてぱらぱら落ちた。
馴染みの小さな商店でアイスを食って、友達の家でお昼をご馳走になる。
僕の家のすぐ近くは、アサリが取れるちょっとした名所で、よくアサリ掘りもした。
潮の匂いを漂わせて、僕たちは駆け回っていた。
そして、海で存分に遊んでへとへとになり、友達と帰る途中で、それは起きた。
いや…なるべくしてなったというのが正しい。
夕暮れ時。オレンジの光で辺りは包まれ、それぞれの家へと帰る時間になる。
僕たちはいつもの様に自転車にまたがり、家路を急いでいた。
その途中……不意に一人のバカが口を開く。
「なぁ。ちょっとおもしれーコト思いついたんだけど」
僕らは自転車を止めて、会議モードに入る。
なに?どんなのさ?僕らは口々に彼にソレを聞く。もちろん皆期待に胸を膨らませた表情。
その視線を一身に受け、得意げな顔で彼は言った。
「そこの長い下り道の先にT字路があるだろ!ソコまで誰が一番早く着けるかッ!もちろん曲がった先がゴールだから、減速しないで曲がったほうが断然有利だよなぁ!どうよ?」
口の端を吊り上げながら、子供らしからぬ嫌らしい笑顔でソイツは言った。
僕らがよく知る長い坂道。チャリでその先のT字路をブレーキ無しで曲がれたヤツは今まで一人もいない。
もちろん失敗すれば地面…運が悪ければその先の防波堤と衝突。笑い話では済まない。
でも…その行為は僕らの中では伝説だった。ソレを破る時が、今訪れたのだッッ!
「さあ!どうするよ!チキンは大人しくブレーキかけて安全運転すればいいさ!ビリは一番にジュースを奢るッ!やるか?」
普通はやらないだろう。何より危険だ。大怪我でもしたらシャレにならない。
しかも成功する確率は極めて低い。チャレンジして失敗し、実際に骨折したアホだっている。
だがしかし、その時僕等は血気盛んすぎて鼻血が出るほどワンパク盛りな少年であり、「逃げるのか?」なんて言われでもした日には…。
「やるッ!!」一同の声がハモる。
ブレーキはきかない。そう。僕たちはそういう奴等だった。
「…ルールは簡単だ。この坂道を下った先の曲がり道を左。ボロ家を超えたトコがゴールだ。ソコに一番早く着いたヤツが勝ち。
ただしッ!」
皆沈黙。
「無理だと思ったら素直にブレーキかけろよ。ま、かけた瞬間負けは確定だけどな」
またもヤツは嫌らしい満面の笑顔。がぜん燃えてきたッ!
ここでこのワンパク野郎たち4名の紹介を簡単にしよう。
一人目。A(仮称)。この無茶でアホなレースを提案した張本人。一番運動神経が良く、力もある。体格も一番がっしりした奴。
二人目。T(仮称)。かけっこ…というより、素早さ、跳躍力に関する競技ではAよりも上。ちょっとほっそりしたタイプ。
三人目。S(仮称)。特に秀でた能力はないタイプ。だが自他共に認めるバカな行動っぷりで場を盛り上げるムードメーカー。
四人目。黒犬(僕)。この中であえて言うなら頭脳派。あまり喋らないが、たまにツッこんだり毒を吐いて笑いをとるようなキャラ。
このメンバーで勝負が繰り広げられます。
皆さんの予想は何でしょうか?やはりAやTが無難ですね。Sの無茶っぷりに賭けるのもロマンがあるなぁ。
大穴で…僕…は無いだろ(ぇ
そして、皆一斉にスタートラインにつく。
T:「やっぱマズいんじゃ…うん。決めた。俺は多分ブレーキかける。黒犬もそうだよな」
黒犬:「多分ね」
S:「おいおい…二人とも。それじゃつまんないじゃん!ジュース奢るのなんてヤだぜ俺は!」
黒犬:「じゃあSはブレーキかけないんだ。がんばれー。死んだら葬式で爆笑したげるよ」
T:「俺はブレーキかけてもSには勝つけどね」
S:「お前らシネッッ!あーもうやるさ!曲がってやるさ!死のカーブッッ!」
A:「そうだS。あんなヘタレ共は放っとけ。絶対勝てないから。よし。幸せな時間は終わりを告げたッ!覚悟は決まったか?」
皆一斉に首を縦に振った。カラスがそんな僕等をあざ笑うかのように高く飛んでいる。
Aは口を開く。
「よーい…………スタートッ!!!」
皆ペダルを全力でこぐ。ソコから立ちこぎへと移行。先行したのは…Aだ!
そう…そこで三人は驚愕の事実に気付く。これは…罠だッッ!
ここには審判がいない。なので当然、始まりの合図を決めるコトになる人物が必要となる。
そして…具体的にどの瞬間でスタートを切ればいいか。それさえ分かっていれば、その合図を聞いた後からスタートするよりも、僅かではあっても明らかに優位なポジションに立つことができる!
S:「A−ッッ!オメーズルイぞ!」
A:「ジュースはオレのもんだっ!気付かなかったお前等が悪いッ!」
その会話のやりとりの合間に、Aに忍び寄る影…。そう。いつもクールでかけっこが一番の…ヤツだ。
A:「おいTッ!くそったれ!ブレーキかけるって言ってたじゃんか!!」
半ギレAの言葉にさらりとTは言う。
T:「何言ってんだ!誰もそんなコト言ってないぞッ!!」
T以外全員:「嘘つきーッッ!!」
TはAを抜き去った。
位置関係はこんな感じだ。
☆ゴール☆←←(死のカーブ)←←←←(T)←(A)←←(S)(黒)←←←←☆スタート☆
このままいけば間違いなくTが一位でゴールするだろう。だが…あのカーブをブレーキ無しで曲がるとするならば…誰しも勝算がある!Aは強気だが、いざとなると弱い面があるため、おそらくぎりぎりでブレーキをかける可能性が高い。
というか、普通は踏む。転んだら相当危ないのは目に見えていた。どこでブレーキをかけるか。そこが勝負の分かれ目だ!
当たり前だ。こんなジュースしか掛かってない勝負で、危険を冒すなんてバカげてる!
最初は乗り気だった。だがしかし、実際このありえないスピードを体感して…初めて分かる。曲がれっこないッ!!
この地球上に住む全ての生き物に等しく、慣性の法則には、抗えないのだ。
…だが…だがしかし…このレースには不確定要素が多すぎた。Aのトラップ。Tのハッタリ。そして何より……。
ヤツがいた。
S:「黒犬ッ!テメーはソコでおとなしく見てろ!うおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
そう。このレースには、暴走野郎。Sがいた。Sは立ちこぎで更に加速。A達に詰め寄る!死のカーブまで目前だ!!
一旦スイッチが入ったSは…もう誰にも止められないッ!
黒犬:「Sッ!!マジで止めとけッッ!!死ぬぞッッ!!!」
静止の言葉は…届かない!SはブレーキをかけたAとTを抜き去って、そして…死のカーブに差し掛かるッッ!!
そのしゅんかん…すべてのときはゆっくりとうごいていた…そう……すべてだ……
ぼくは目を……閉じる……。
絶句。「言葉を失う」という体験を始めてしたのは、この時だ。TもAも同じ体験をした。
カーブ直前でさらに加速した、Sは……
S:「うわあああああああああああああああああああああああッッ!!!!」
Sは、宙を舞っていた。
まさに一瞬。だがしかし、その光景は僕たちの網膜に焼き付いて……。
そして、
ドサッ!!という音と共に、Sは…防波堤の向こうへと、消えた。
僕たちは自転車を止め、一斉に駆け出した。もちろん、防波堤の向こうへ。
見ると、Sは砂浜の上にぐったりと倒れていた。
「Sッ!生きてるか?大丈夫かーッ!!」
Sの姿を確認し、防波堤から飛び降り、急いで砂浜へと向かう。
その途中で、Sはゆっくりと体を起こす。良かった!意識はあるみたいだ。砂まみれでボロボロ。ふらつきながら、彼は言った。
S:「痛たたっ…お、俺、どうなった…?」
顔を見合わす三人。そう。「どうなった?」と問われれば、答えは一つしかなかった。
A:「S…お前……飛んだよ。」
S:「は?」
これでは読者は分からないと思うので、状況を説明しよう。
図にすると、こんな感じだ。
…勘のいい読者なら、説明するまでも無く、この図を見れば分かってしまったかも知れないが、説明しよう。
まず、Sが走って来た軌道上にある、×印に着目して欲しい。ここら辺りが、Sが全てを諦め、目を閉じた場所だ。
急ブレーキも、ハンドルを曲げる事も出来ずに、Sは、成すがままに任せてしまった。
そこに至るまでに僅かに減速していたので、Sに聞くと、少しはブレーキをかけていたとの事。
しかし急ブレーキをかければ放り出されることは必至で、出来なかったという。
そして…見えるだろうか。防波堤に突き出す茶色の物体が。そう、コイツこそが伝説の立役者。
防波堤に立てかけてあった、昆布が干してあった台だ。そう、立てかけてあった台がジャンプ台の役割を果たした。
危惧されていた防波堤への衝突は免れ、されど止まれぬSと自転車は、台を駆け上がり……。
そして、赤地点で伝説は起きたのだ。Sが、ET…いや、魔女の宅急便さながら、自転車に乗って宙を舞った瞬間だ。
その瞬間…Sは、鳥になった。新たな都市伝説誕生の瞬間だった。
そして、トンボよろしく自転車ごと着地し、ここでさすがにSはバランスを崩し転倒。今に至るという訳だ。
僕たちは水をうったように爆笑の渦へと巻き込まれた。
Sへの賛辞。そして…何よりも……。
S:「俺…死んだかと思った」
身体中の至るところに擦り傷があるものの、Sは無事だった。その事への安心感。僕たちは、笑い続けた。
その日からSは、あんまり無謀なコトをしなくなった。僕たちはこの日を、「伝説と、そして運命の日」と呼び、
それは学校中の語り草となったのだ。大きな出来事は、人を変えるのだ。
若さとは、時に輝かしい伝説を生む。たとえそれがとてつもなくバカなコトであっても、僕はこの日を忘れることは無いだろう。
今でも、魔女の宅急便で、トンボがキキと共に自転車で飛ぶシーンを見ると、思い出す。
Sが美しき鳥になった、あの瞬間を。
最後に、この言葉で締めくくろう。
キキたん萌えっ☆←ネタですから!ネタですからーッッ!!(T▽T
なんでもオチをつけたがる自分が哀しい。そんな21の夜。
ブラウザの「戻る」を押してください。