銭湯にまつわるエトセトラ。




ご存知の方もいらっしゃるかも知れないのですが、現在黒犬の住んでる部屋は大変家賃がお安くなっております。
「家賃はいくら?」という質問をよくされるのですが、素直に答えると「はぁ?」とか「今なんつった?」みたいな顔をされます。怖いです。そんな目で見んといてください。
今の文を読んで、
○家賃安い=四畳半・怪現象が起こる・近くに電車が走ってる・裏を見ると墓地・トイレが共同・しかも外。
などの方程式が頭をよぎった人も少なくはないと思いますが、決してそんなことはなく、部屋は六畳半だし、怪現象も今の所起きてないし、近くに電車も走ってないし、墓地!?どこッ?みたいな感じだし、トイレも部屋ごとについてて水洗です。日当たりは少々悪いですがぜんぜん気になりません。帰る頃は暗いし、全く文句はないのです。
ですが…ただひとつだけ、問題があるとすれば。家には


「風呂が無い」


のです。
はい、今「うわーこの人風呂はいってないの?きたなー!」とか、それと似たような感情を抱いた人。やめなさい。そこオッ!「…この話広めよー♪」みたいな顔するの禁止ッ!いやホントに。
冗談はさておき「風呂が無い」ので普段はどうするか。「こち亀」でもネタになった「流し台風呂」という選択肢もありますが当方そこまで追い込まれてません。安月給だけど少しは真っ当な一般人らしい生活したっていいじゃない。
というわけで、上京してからは毎日銭湯通いをすることになりました。
銭湯なんて行くのは小学生の時以来です。もちろん当時の記憶なんてほとんどありません。
通い始めてからもう3年近くになりますが、不特定多数の人が日々集まる銭湯。
そこで面白現象に遭遇しないわけはなく…………。


・もういい年なのに水風呂でだるま浮きするバーコード頭の殿方。蹴り入れていいですか。

・体とかは痩せぎすなのに男のシンボルはビッグでストロングでマグナムなじいさん。凝視しちゃってスマン。

・ドレッドやアフロヘアはそうやって洗うんですね。ちり毛が流れる流れる。

・浴槽の中で平然とあかすりを始める背中にお花が咲いてる人。頼むからこっちに流さないでくだされ;

・ねーねー!胸毛や腹毛ならともかく肩毛なんてはじめてみたよとうさん!

・「死体ごっこ」なんてシャレにならん遊びはもうやめてくれよ。ボク。寿命縮むから。

・何を想像したのか思いっきり鼻血をぶちまけた兄さん。想像力豊かなのは良い事ですw


もうね、カルチャーショック(?)ですよ。田舎の風景が心に沁みるなァ。←実家北海道
他にもあるんですが今回は俺が体験したもっともインパクト大な出来事をお話ししましょう。
…思い返せばあれは二年前…すっかり銭湯通いにも慣れた、とある冬の日の出来事……。










北海道生まれとは言え冬はやっぱり寒いです。
エアコンはあるものの暖かい空気はみんな天井付近に集まり、座りっぱなしだと温度だけでいえば外とあまり変わらない状況。
冷えた体を温めるため、いつも通り銭湯に向かいました。その先でとんでもない恐怖体験に遭うとも知らずに……。


服を一枚一枚脱ぐのもじれったく、上着ごとシャツまで一気に脱いで、ベルトをはずしズボンごとパンツも下ろして丸裸。
小走りでシャワーを浴びに行きました。
今日は人が少ないなぁ。とかのんきな事を考えて熱いシャワーを思いっきり浴び、身体と頭を洗っていざ湯船へ。
シャワーだけでは物足りません。やはり湯船にゆっくり浸かって温まりたい。
それが男(おやじ)の心情ってモンです。
風呂はいくつかあるのですがその中から泡風呂をチョイス。早速足を湯船に…………。


「…あつッ!!」


シャワーを浴びたとはいえまだ身体が冷えていたのでしょうか。それとも単に湯の温度か高かったのでしょうか。
やけに湯を熱く感じてビクっとしましたがそのまま湯船に浸かります。ふぇー。極楽極楽。
…その時。

なにか横方向から視線を感じました。
(…何だ?)そう思って視線を感じた方向に目をやると、そこには、そんなムキムキではないですが筋肉質なおじさんが立っていました。おじさんが立っていた場所は入り口で、今入ってきたばかりなんだろーなー。ということが乾いた身体から読み取れました。
そのおじさんは真っ直ぐこちらに向かって来ます。
(…何だ?)同じ事を二回も思ってぽかーんとしていると、


「キミ?大丈夫?」


声をかけられました。
何のことだろう?と一瞬考えましたが、さっき「熱ッ!!」と言って身体を震わせた事かな。と思い当たり、


「あ、はい。平気っスよ」


と普通に返しました。もうこの銭湯に通い始めてから一年になります。この頃には常連と言っても差し支えない程度に顔を知られていました。普通に同じ常連のおじいさんと挨拶をかわし、他愛のない世間話をするくらいですから、こんなことは日常茶飯事です。
(わざわざこのおじさんも心配してくれたんだなぁ)しみじみそう思います。知らない街で人情に触れる。素晴らしいコトです。
そんな事を考えていると、心配そうな顔をしておじさんが口を開きました。


「熱かったのかい?(手を浴槽に入れて)うーん。ちょっと熱いかもねぇ。火傷とかしなかった?」


「いえいえ、全然平気ですから。身体冷えてたんでそのせいもあると思います」


知らない他人に対して、ここまで親身になって心配してくれるなんて。「東京は怖い街だー!」とか思いまくっていた自分がバカらしく思えます。
自分はなんて小さい人間なんだろう。世の中にはこんな優しい人がたくさんいるのに、住んでる地域の違いぐらいでフィルタをかけるように怖い街だ、良い街だを分けるなんて。そう思い、凄く情けない気持ちになりました。


「そっか。なら良かった」


そう言い、見知らぬおじさんはそのまま俺と同じ泡風呂に入り、俺の近くに腰掛けました。
…もしかしたら、この時点で違和感を感じた読者もいるかもしれません。「ん?」みたいな。

思い出してください。おじさんは「入り口付近」に立っており、「身体は乾いて」いました。
つまり、「身体を洗わずに浴槽に入った」のです。
ご存知の方も多いと思いますが、こういう場では身体を洗ってから、浴槽に入ることがマナーです。普通です。
場所によっては禁じている所さえあります。そんなおじさんを見て「うわー」とか思っていると突然、
















…おもむろに肩をつかまれました。
















「!!???????
混乱。
俺の思考回路が全力で警鐘を鳴らします。
そして、


「キミ。いい肩してるねぇ。なにか運動やってたの?野球とか。」


そう言いました。
「突然訳のわからない事態になったら冷静に。深呼吸して昨日の夕飯のメニューでも思い出してごらん」
前読んだ本の中のフレーズが頭をよぎり、深呼吸して冷静に、普通に状況を分析してみます。
さっきは「もしかしてこの人はアレな人なのかも」と思いましたが、そうそうそんな人に遭遇するはずはありません。
そうです。この人は熱心な野球ファンか少年野球の監督かなんかで、ヒマだったので偶然居合わせた自分に声をかけてみただけなのかもしれません。ちなみにこの時俺は寝る前に毎日筋トレしてました。寒いから。なのでそこそこ筋肉質でしたね。そうか。それだけの理由ですよね。ハハハ。わかったよおじさん。いいからそろそろ肩を離してよ。


「いえ…べ、べつに…(最後の方かすれ気味)」


「そうなの?…へぇ。(笑顔)そうだ、この銭湯に小さいけど露天風呂があるんだよ。一緒に入りに行かない?」


そんな事は知っています。一年も通ってますから。
例えば此処が混浴で、きれいな女性に↑のセリフを言われたら間髪入れずに「行きますともぉ!!」と答える所ですが、そんな夢を見ているヒマなどあろうはずがありません。





 ★今の俺の状況★
 ・おじさんに肩をがっしりつかまれてる(現在進行形)
 ・周りには80過ぎくらいのヨボヨボじいさん一人しかいない。
 ・離れようとしたが寄ってきて、肩をつかむ力が若干強まる。
 ・相手はがっしりとした筋肉質な体型。こっちは多少筋肉質だが喧嘩未経験の身長160cm台のチビっこ。
 ・もちろん裸なので武器になりそうなものなど持ってない。
 ・俺の精神力。スカウターで見たらたぶん-300くらい。
 ・全力で逃げたいが最悪の場合協力者がいるかもしれないと思い当たる。どの道裸では逃げられないのでタイムラグが生じる。
 ・警察沙汰にはしたくない。死ぬほど恥ずかしすぎる。叫ぶのは本当に最終手段。
 ・こわい。
 ・結論=「人員、武器、弾薬共に尽きましたッッ!!隊長ッッ!!私たちは!私たちはッ!どうなるんですかッ?
 
  「ハニー。約束は…守れそうにない…」


 「タイチョーーッッ!!!!!!」





…夢くらい…見させてくれたって…いいじゃない……。





そんな切ない気持ちになってた頃。おじさん…もういいです、こんな敬称みたいな呼び名は相応しくありません。このオヤジはなぜか俺を執拗に風呂から出したがります。「身体洗った?(当たり前)」「露天風呂気持ちいいよ」など。
流石にのぼせて来て俺は浴槽から上がります。オヤジはデフォルトで俺の肩をつかんだままです。
そして一言。



「へぇ。結構○○○、○○○○ねぇ」←○の中身は深読みしない方がいいぞ★



その時、なんでこのオヤジが俺を執拗なまでに風呂から出したがっていたのか、まるでパズルのピースがはまったように、一瞬で理解しました。まだわからない人のために、ヒントは「泡風呂」
今の俺の気持ちを漢字二文字で表すなら『絶 望』それ以外ありません。これでこの人が良心的な野球好きな人というセンはこれ以上、完膚なきまでに消え去ったのですから。
しばらく放心し、もういい加減風呂場から出ます。この人身体も頭も洗ってないし、もしかしたら手を離してくれるのではないかと願いながら。


ぺたぺたぺたぺたぺた…ぺたぺたぺたぺた。ガラッ。ばたん。


ダメです。最後のこの願いすら無残に打ち砕かれました。
俺が石鹸やシャンプーを取りに行く間も、風呂場から出るその瞬間も。彼が手を離すことはなかったのです。
放心状態。嗚呼。さらば平和な日々よ。



「キミ、この近くに住んでるの?」


あ、はい。そうですと言いそうになり思い直す。一瞬で消去。そして、
「いえ。上野に住んでるんですけどね。ここには遊びに来てるんです」
この日を境に上野近辺に怪しい人物が現れたら多分俺のせいです。全力でゴメンナサイ(T▽T)
だって、何度か行った事あったし。


「おじさんはね○○の○○○に住んでるんだよね。よくこの銭湯には来るんだよ」


誰もそんなコト聞いてない。


「あ、そうだこっちに引っ越してきたら。新宿まで近いし何でも揃ってるし。いい所だよ」


よく知ってます。ここの住人ですから。


「ところd……?」


ところで…の「で」を俺は言わせませんでした。その後に続くであろう言葉はなんとなく予想できたし、言わせてしまったら全てが終わるような気がしたから。もうこの人がいい人であろうとなかろうと俺には関係ありません。

…覚悟完了。

俺はオヤジを睨みつけ、肩を掴んでいた全力で握り、振り払いました。


「ほっといてくれませんか?」


丁寧な口調は、ただちょっと変なだけで本当はいい人だった場合の保険です。
こっちが感情的になれば、相手も負けじと感情的になる場合があることはよく知っていたので。
恐らく、今までの俺の人生の中で最大の賭け。貞操(?)の危機です。
奪われるワケには……いかないッッ…!!(なにを)
オヤジは……そのまま数秒硬直し、俺の肩を離して自分のロッカーを開け、タオルで身体を拭きはじめました。



勝ったッッ!!!俺は賭けに勝ったッ!守りきったよ父さん!!(だからなにを)



俺は速攻で身体と頭をタオルで拭いて、髪が乾くのなんて待つ必要はありません。すぐさま着替えて脱出し……
…背後に、気配。






振り返ってはいけない。いけないんだ!だが、まるで三流のホラー映画よろしく、精神に反して振り返る、俺。
そこには、説明する必要もありません。バスタオルを腰に巻いた、ヤツが。




















「また会おうね★」(笑顔



















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とおおぉぉぉぉさあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあんっっ!!!!!(TロT)







ダッシュで銭湯から脱出。
停めてあったチャリの鍵を3秒ではずし、全力でペダルを漕ぎまくる。走れ!奔れ!疾れッッ!!!
ええ。もちろんチャリ漕いでる時繰り返しつぶやいてた言葉はこうです。





「…とうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわい「とうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわいとうきょうこわい……ッッ!!」





超絶ホームシック。





(自分はなんて小さい人間なんだろう。世の中にはこんな優しい人がたくさんいるのに、住んでる地域の違いぐらいでフィルタをかけるように怖い街だ、良い街だを分けるなんて。そう思い、凄く情けない気持ちになりました。)





ナサケナイキモチ?なる訳ないじゃないですか。HAHAHA!!
……東京は…怖い街ですよッッ!こんちきしょーッッ!!!(極々一部ね)







○後日談○

その後はその銭湯にしばらく行くことを止め、自転車で少し遠くの銭湯に行くようになりました。
半年ぐらいその生活を続け、時間帯をずらしていつもの銭湯に行くようにしました。
まだヤツには遭遇してませんが、たまにふと思い出します。肩を掴まれた時の怖気が走る瞬間と、虫唾が走るあの笑みを。皆さんも銭湯を利用する際は気をつけてくださいね。風呂入る前にチョコレート食べ過ぎて鼻血なんて出したら誤解されまくりですよ……って、あ。


ちなみに…俺はホモ、バイセクシャルの方々を否定しないし悪いとも思いません。その人たちに言わせればまさに「価値観の狭い」人間なのでしょうから。ただ、俺は田舎者だしノンケなので必要以上にビビってしまったってそれだけの話です。もし、おじさん。アナタが本当はただ少し変わっただけの、俺に良心を持って話しかけてくれた人であったなら、
今、この場を借りて心からお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。


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